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風の歌を聴けを深読みする試み

『風の歌を聴け』は村上春樹のデビュー作品でちょっと癖のある作品です。

村上春樹ワールド全開という感じで、『ノルウェイの森』同様、
好き嫌いが分かれる作品だと思っています。

調べてみるといろいろな良い味方があるみたいで、作品背景、数字の羅列、
死と憂鬱の影、妊娠という4つのカテゴリで論じています。

自分の考察もないこともないですが、今回は概ね本を出されている評論家の方からの
説明を引用させてもらっています。

作品背景

地名は明かされていないが、
人口7万人ほどで山の手と海側

市民は金持ちが多く、隣は巨大な港町ということで
芦屋と神戸を下敷きにしていると言われている。

主人公の僕が敬愛する作家であるデレク・ハートフィールドだが
『騎士団長殺し メッタ斬り』で大森望、豊崎由美はモデルが
ロバート・E・ハワード(H・P・ラヴクラフト少々)と語っている。

ちなみに、鼠のモデルは『グレートギャツビー』のジェイ・ギャツビーだと
『村上春樹全小説ガイドブック』で指摘している。

物語は1970年8月8日から8月26日までの19日間で、
40の断章とあとがきから構成されるが、加藤典洋は『村上春樹イエローページ〈1〉」で
作品の出来事から換算すると19日間では終わらず、鼠はすでに死んでいるという説を展開している。

 数字の羅列

よく語られることだが、作品で最も特徴的といってよいのが
生活の細部に対する几帳面なまでの数字の羅列だ。

当時の記録によれば、1969年の8月15日から翌年4月3日までの間に、
僕は358回の講義に出席し、54回のセックスを行い、6921本の煙草を
吸ったことになる。
[中略]
そんなわけで、彼女の死を知らされた時、僕は6922本目の煙草を吸っていた。

几帳面なまでの数字の羅列、
講義、セックス、喫煙の回数をここまで数字化するというのは
普通の感覚からするとちょっと異常ではないか。

ただし、講義、セックス、喫煙の回数は記録をつけ覚えているが
3番目に寝た女の子については、名前も出していない。

女の子の名前は記録はつけていないのか、覚えていないのか。
女の子と寝た人数は計算しているものの、その人間性や固有性はなく
タバコと同じように認識しているのか。

奇妙な認知といっていいし、人間味がなく不気味であるともいえる。
作中、ぱっと見るとおしゃれな会話や食べ物、キャッチーな表現こそみられるが
少し視点を変えると、憂鬱な負の世界が見えてくる。

 憂鬱と死の影

作中、一皮むけばしゃれた世界感の裏に憂鬱と死の影がある。

菅野 昭正は『村上春樹の読み方』で『風の歌を聴け』は
鼠、作者の分身であるハートフィールド、ガールフレンドなど
自殺者の物語であると語っている。

『MURAKAMI―龍と春樹の時代』では清水 良典は以下のように語っている。

鼠の憂鬱は理由が説明されず、鼠の章だけなら読むに堪えない
鼠の最後の姿は、過去を清算して未来に向かうすがすがしさとは程遠く
口を閉じた時、耳の奥に波の音が聞こえた。防波堤を打ち、コンクリートの・・・
ほとんどこれは入水自殺前の状態としか見えない。
この物語は二人の青年が長い時間をかけて過去の心の傷から
やっと立ち直る青春小説のように見えるが、実際には出口の見えない絶望が見受けられる。

また、街を出ことを決心するのに、過剰な恐怖を伴った記述から
加藤 典洋は『村上春樹イエローページ〈1〉」で
街=世界、街を出る=世界を出る=自殺と指摘している。

 妊娠小説での解釈

斎藤美奈子の『妊娠小説』で『風の歌を聴け』で
小指のない女の子が鼠により妊娠しているという解釈を発表しており
そちらが個人的にかなり面白かったので、以下に紹介したい。

「36」の僕が小指のない女の子のアパートを訪れる際の記述が以下

「私とセックスしたい?」
「うん」
「御免なさい。今日は駄目なの。」
僕は彼女に向かって黙って肯いた。
「手術したばかりなのよ。」
「子供?」
「そう。」

斎藤美奈子が指摘しているように
「手術?」と聞いて間髪入れずに「子供?」と聞き返すのは
確かにちょっとおかしい。病気を疑うのが普通だろう。

ここから、僕が彼女の中絶手術を知っていたことが推測される。
「6」に登場し鼠とジョン・F・ケネディーの話をする女の子は
小指のない女の子であり、後に僕と話をするときにジョン・F・ケネディーの名前を
彼女は印象的に覚ええていて、酔ったいきおいでその名前を僕にもらしたのではないか。

金持ちである鼠と小指のない女の子は家の反対で結婚できず中絶に至る。
※鼠の「金持ちなんて糞さ」というのと理由の語られない憂鬱はここかれ説明できる。

そして、僕が酔いつぶれた小指の女の子を家まで送り
一緒にベッドで寝ていたのは、中絶により自殺しないのか心配になったためだ。